建築保存の可能性を広げる文化的価値と経済・社会的価値の交換【井澤佳織さんインタビュー】

Update:2021年4月19日 / Category: News


価値交換工学RAの井澤佳織さん(工学系研究科建築学専攻 本間裕大研究室所属)にご自身の専門分野や
価値交換工学 萌芽研究のテーマについてお話を伺いました。


-まずはご自身の専門分野について教えてください。

建築社会システムを専攻しています。建築というとビルや家を建てるという画一的なイメージが先行しがちですが、建築社会システムは社会コミュニティ、法制度、税制度など建築の社会的・経済的システム両側面の諸問題にかかわる研究を行う領域です。多様な研究領域や事業分野にまたがる内容を取り扱うことで建築由来の社会問題を解決していこうという比較的新しい分野です。例えば、増加の一途を辿る空き家は社会問題のひとつと言えますが、解決するためには空き家として利活用されなくなる要因を分析し解決策を提示するだけでなく、空き家を扱うプラットフォームや法制度の整備など実際に社会実装されることが求められます。こうした課題解決のために建築社会システムが必要とされています。

興味を持たれた経緯はどのようなものだったのでしょう?

中高生時代はデザインに興味があり、ライゾマティクスのようなメディアアートに携わりたいと思っていました。ただ、デザインというのは才能の有無で明暗が分かれる分野だと当時は思っていたので、才能だけでなく学問に裏付けされるデザインは何かと考えた時に興味を持ったのが建築でした。

大学入学後、授業で住宅や公共施設などの設計課題に取り組むうちに、建物は様々な人々が関わるものなのにデザイン一辺倒で自分が作りたいものを作るというだけで良いのかなと感じ始めました。そういった葛藤を抱えていた学部3年時に建築生産の授業を履修したことで、建築社会システムという社会性を考慮して建築を複合的に捉える分野があるのだと初めて知ったんです。デザインから外れて法制度や社会問題にも興味が広がり、今に至ります。

自分の作りたいものを作るということから社会課題を解決していくという方向にシフトしていくわけですね。

ドラマチックな空間を設計するデザイナーに憧れていましたが、そういったデザインを実現するために必要な場の整備やプラットフォーム作りを行うために各専門の方々と協力し合いながらデザインに関わりたい、という考えに変化していきました。

価値交換工学 萌芽研究の研究テーマが「複数主体を前提とした建築保存における文化的価値の交換スキームに関する数理的研究」とのことなのですが、具体的な内容を教えてください。

建築保存と聞くと京都や奈良などの古都にある寺社仏閣が思い浮かぶかと思います。こういった建造物には、みなさん「保存しなければ」という意識が少なからずあると思います。しかし、価値がまだ確立できていない建物もいっぱいあります。例えば1960-80年代に建てられたRC(鉄筋コンクリート造)の建物などは、古いから壊しても良いだろうという意識が先行して、文化的な価値は検討されず法制度や資産価値的な考えだけで壊されてしまっているものもあります。

また、文化的価値があるから保存されている建物の中には、所有者のボランティア精神に依存し保存されるなど、経済的な皺寄せが生じている事例もあります。このように建物を壊すのがよいか、残すのがよいかを考えることはとても難しい。そこで、建築保存に関わる人々の行動や意思決定を数理的に分析し考察することで、文化的な価値を経済的な価値や社会的な価値へ交換する機会がより身近になるようなスキームを提案することができれば、持続的な建築保存が可能になるのではないかという研究です。

文化的な価値を経済的・社会的な価値へ交換する、また数理的にというのはどういうことでしょうか?

文化的な価値はあるが性能が劣化した建物もリノベーションすることで、建築保存しながらリブランディングされます。リノベーション前は「古ぼけた」と評価された文化的価値が、「古きよき / ヴィンテージ」という社会的価値に交換され、更に活用されることで経済的価値に交換されます。商業施設であれば賃料が上がり、その賃料をメンテナンス費用に当てられるといった建築保存に循環が生まれます。寺社仏閣などでは参拝料といった形で循環が生じていますが、300-500円ぐらいにしかならない。そのため、利活用を前提としない展示物としての保存ではなく、商業テナントのように使われながら継承されていくという形式が、理想的な文化的価値を経済的・社会的価値へ交換するモデルの一つです。

これには、特定の建物に対していくら助成金があればサステナブルな循環になるのかという金銭的なモデルと、所有者の方は保存するか解体するかの決定をどこで線引きしているのかという意思決定的なモデルが必要になります。限度はありますが、こういったことを数理的な手法で解決、可視化できると思っています。建築社会システムと数理的研究は組み合わせとして相性が良いので。

好きな空間がいつかの誰かの好きな空間へ継承される

建築社会システムの中でも建築保存というテーマを研究することになったきっかけはなんですか?

生活していると「この欅並木いいな」とか、「奥まった路地いいな」ということがありますよね。かつて誰かがいいなと感じた空間が時を経て、また誰かの好きな空間へと継承されていたら素敵だなというのがきっかけとしてあります。

研究活動はどんなことをされていますか?

新しい手法で保存されているもの、デベロッパーの方々が現行の法制度を新しい解釈をして、進める建築プロジェクトは追うようにしています。例えば渋谷の宮下パークは公園を立体的に作ってもいいという法制度を利用したことで現在の姿に生まれ変わりました。このような事例をみていくと、アイデアを探す手掛かりになり、価値交換工学だったら歴史的な価値をヴィンテージというものに置き換えて取引できるのではないか、という発想につながってきます。数学的な課題については先生からのアドバイスや参考書、研究室で後輩が取り組んでいるプロジェクトを通して学びを深めています。

建築プロジェクトを追うというお話がありましたが、ご自身なりの情報収集のしかたはありますか?最近注目しているトレンドは何でしょう?

Twitterで日経テックや建築事務所のアカウントをフォローしたり、新建築などの雑誌をみたりして情報収集しています。様々な分野の方がコメントをつけていて情報の連なりが面白いですし、新しい視点や気づきが得られます。SNSでの情報収集は、きっかけ作りが捗るので重宝しています。最近は、リファイニング、DIY、プログラミングに関心がありますね。建築と不動産、建築とIoTといったコラボレーションの動向は最近のトレンドだと思います。

建築保存事例

空間性のよさや街の価値を損なわず経済性を高める街づくり

研究の新しさ、オリジナリティがあるのはどこですか?

建築保存は実は欧米由来の考え方で、日本では明治時代あたりから普及し始めます。近年、保護対象は寺社仏閣だけではなく1960-80年代の近代建築も含まれるようになってきてはいますが、従来の建築保存のやり方を受け継ぐだけでは現在の社会制度と噛み合わないところが出てきてしまいます。そこを改めていくために、ケーススタディではなく体系化を試みる点、つまり建築保存を数理的に解くということがオリジナリティと考えています。

今までは文化を保存したいという人情味あふれる感覚的な領域に、数理という無機質なものが介入することは避ける傾向があったのですが、時代の変化と共に情報と技術と何かという組み合わせに皆さん寛容になってきている。数理的研究を行う地場を整えていくのに時代とマッチしてきているのではと感じています。

研究を通して考えた新しい価値交換、創造したい未来、今後の意気込みを聞かせてください。

開発によらない開発ができる未来を創造できたらいいなと思います。渋谷の開発は目覚ましいものがあり、それが渋谷らしさでもあります。一方で、古都であったり、ニュータウンといった郊外であったりは、その街や地域の固有性を尊重し、スクラップアンドビルドをするのではなく、今ある価値も損なわないで経済性を高めるまちづくり・開発が必要です。そういった価値交換を可能にするプラットフォームを社会実装できたら嬉しいです。