フェアでスムーズな価値交換を実現するためにはどんな交換が望ましいのか−。
河瀬康志先生は、望ましい交換の条件を計算によって導き出すために最適化技術を用いたアルゴリズムを研究されています。
耳慣れない言葉も多い数学の世界。実際にどのような研究を行われているのか、お話を伺いました。

河瀬康志(KAWASE Yasushi)
東京大学大学院情報理工学系研究科 数理情報学専攻
東京大学インクルーシブ工学連携研究機構
特任准教授
略歴


-まず、先生の研究トピックについて教えてください。

最適化問題(*1)の中でも「組合せ最適化」という分野に興味を持ち研究をしています。例えば、現在地から目的地までの最短経路を見つける問題や、いくつかの宿題をどのような順番で処理したら、期限に遅れる可能性を最小限にできるかという問題の「解」を求めることを組合せ最適化といいます。

解はコンピュータを使っても、単純にやると答えを求めるために何億年もかかってしまうことがあります。そこで、問題の構造を解析し効率的に最適解を求める方法(アルゴリズム)を構築することが、研究のひとつの目的となります。

また、現実世界では、そもそも最適解を見つけることが不可能な場合もあります。例えば、株の取引や競馬などです。未来がわからない中で意思決定しなければならないときは、最適解ではなく、どの程度「良い」解ならば求めることができるかを考えるという研究も行っています。

-さらに先生が専門とされているキーワードが、「オンライン最適化」と「「マルチエージェント最適化」ということなのですが。

「オンライン最適化」は未来がわからない中で意思決定をしていく最適化です。「オンライン」というとインターネットを想像してしまいますが、逐次的に入力がくるというのがオンラインの意味です。例えば、現在地から目的地までの最短経路で移動しようとする場合、道をいくごとに交通状況が変わりますよね。通常の最適化では計算する時点での状況で最短経路を求めればよいですが、オンライン最適化では逐次的に意思決定をしていかなければならないという違いがあります。

「マルチエージェント最適化」は、意思決定者が複数いるオークションなどの状況での最適化です。他人とどう協調し自己の利益を最大化するかや、どういうルールや制度を設計するのが望ましいのかについて最適化問題の視点から研究します。

-不確実な未来へのチャレンジとも言えますね。

そうですね。現状をモデル化した上で、どうするかを考えていく。最適な結果を得られるようにうまくコントロールするとも言えます。逆問題ではないんですね。

-日々の研究活動というのはどんな感じなのでしょうか?
楽しいなと感じるのはどんなときですか?

基本的には数学なので、紙と鉛筆(iPadとアップルペンシル)を使って定理を証明することがメインの研究活動です。どのような定理が成り立つかや、証明を考えるために考える時間が一番多いです。

他の研究者とディスカッションのときは楽しいですね。お互いアイデアをぶつけ合って、これだというのが見つかると。集まって黒板に実際の問題を書きながら、理論が成り立つかとか話をします。最近はzoomでやったりしているのですが、オンライン会議では難しい面もあり模索中ですね。

-情報収集のために日常生活でアンテナを張られていること、ひらめく瞬間というのがあれば教えてください。

最近は行動経済学の本をAudible(オーディブル)で聞いてます。研究内容に直結はしなくてもアンテナを広げるという意味では役立ちますね。日常生活で他のことをしているときに思いつくこともあります。”あれ?これで行けるかな”って。9割はダメなことも多いですが、いけるときももちろんあって。寝るときとか、常に考えているという感じでしょうか。

-すごいですね。学生への指導でひらめきについて話すこともありますか?

もちろんひらめきだけではなくて、ある程度知識が必要なので、うまく与えるようにしています。適切な問題を考えるのが研究の半分ぐらいと言われているので。適切な問題をうまく作って解くという感じです。


話題となっているオークション理論。
異なる分野間の協力がもたらす可能性。

-最近ノーベル経済学賞で話題になっているオークション理論についてどう思いますか。

オークション理論は経済学の分野で研究がはじまり、基盤ができたものです。その名のとおり競りや入札において 最適な戦略を考えるという点で、最適化に関連しています。その後コンピュータサイエンスの分野の研究者がオークション理論を含む経済理論を取り入れたアルゴリズム論の研究を開始し、アルゴリズム的ゲーム理論というあらたな分野としてコンピュータサイエンスと経済学の研究者が手を組んだ研究も近年行われているという状況です。

コンピュータサイエンスのスタート地点は「コンピュータ」で経済学は「人」なので、興味の対象やアプローチは異なるものになっています。研究者間のコミュニケーションも活発にとられていますが、違う種族という印象は受けます。

-アプローチが違うんですね。コミュニケーションにはコツがあるのでしょうか。

ここ20年ぐらいでコンピュータサイエンスの人たちが経済学に乗り出しました。Googleとかマイクロソフトも経済学を取り入れています。身近なところで言えば検索広告もどれを出すか決めるのにオークションが動いているんです。コンピュータサイエンスの面もあるし、オークション理論なので経済学の面もあります。

共同で行うときは、お互いの概念をまず聞いたりします。例えば、経済学では嘘をつかないようにインセンティブを設計することが考えられたりしています。これはコンピュータサイエンスの分野ではまず思いつかない概念です。 

-数理工学と経済学など複数の領域が一緒に取り組むことで、最適化問題の研究の可能性は広がると思いますか?貢献できる社会問題も増えるのでしょうか?

融合ではないですが、互いに協力することにより、お互いの分野を深めることができると考えています。最適化は様々な分野の基盤技術として役立ちます。しかし、経済学など新しい分野に適用し問題を解決するためには、その分野特有の制約条件などを扱う必要があり,新たな課題を克服することが必要となります。これは最適化分野自身の理論の発展にもつながりますし,お互いの分野の深化につながると考えます。

まずは、社会問題への応用の前提となる、公平に割り当てるという問題にはどのような数学的に良い構造があるかを追求したいです。応用の問題を解くためにはなにが必要なのかという部分ですね。

-価値交換における今後の課題や展望、RIISEでやりたいことを教えてください。

効率性と公平性の両立を目指したいです。効率性には、社会にとって無駄がない価値交換が実現できているという意味の効率性と、計算の効率性の2つの意味がありますが、どちらも実現したいです。つまり、社会の効率性と公平性を両立させた交換を効率よく計算するということについて、何ができ、何ができないかを理論的に解析していきたいですね。

価値交換工学|Update: 2020.12.9