価値交換工学では、サーキュラーエコノミーを注力領域の一つとして掲げ、複数の研究者がさまざまな視点から研究を進めています。

今回は、『製品循環とデータ流通の融合による新たな循環システムの創成』について、早矢仕晃章特任講師にお話を伺いました。データや資源循環に関する内容の前編(基礎編)と、共同研究先であるメルカリに焦点をあてた内容の後編(C2Cマーケット編)に分けてお届けいたします!

名前:早矢仕晃章
所属:大学院工学系研究科システム創成学専攻・講師
専門:データ科学
実績:異分野を横断したデータ流通の連携研究と技術開発に従事。船井情報科学振興財団研究奨励賞受賞、データ社会推進厚労賞など

宮平(以下――)早矢仕さんはデータ科学が専門ということですが、まずは「データ科学・データの研究」とはどのようなものなのか、教えてください

早矢仕氏(以下、早矢仕):データ科学の研究とは、データを活用し、社会課題の解決や意思決定の最適化を図る学問領域です。たとえば、スマートフォンから取得できる人流データを分析することで、混雑や渋滞の問題を解決する、また、SNSなどの大規模テキストデータから潜在的な顧客のニーズを抽出する、といった例が挙げられます。特に近年では、人工衛星と農業、IoTと医療のような、異なる分野や組織のデータを組み合わせることによる価値創出(新しい価値を発見することや、新しいビジネス機会を発見・生み出すことなど)やこれまでになかったデータの流通が新たなイノベーションの源泉として注目されています。

また、私の研究では、データを単なる分析対象としてではなく、電気や水道などと同様の社会システムの一部としてとらえ、データの流通を促進する仕組みやインセンティブ設計を探求しています。データを再利用可能な資源と見立て、それを循環させるためのデータエコシステムの構築や、データを活用した資源循環のモデル化が重要なテーマです。

――  データ分析と言うと一般的なことにも思えますが、想像以上の世界がありそうですね…!では本題ですが「資源循環」というと、どうしても物のトピックであるイメージが強いのですが、データで資源循環とはどういうことなのでしょうか?

早矢仕:これには2つの観点があります。データによって物の循環を効率化するという点と、データそのものを資源として循環するという点です。

従来の資源循環は、製品や素材の再利用やリサイクルに重点が置かれていますが、例えば製造業における製品設計などのデータが活用できればそのプロセスをより効率化できます。また、製品の利用履歴や修理履歴などのデータを活用すれば、使用年数(使える寿命)の延長や適切なタイミングでのリサイクルも可能になるかもしれません。さらに、製品や資源の”状態”を適切に把握するためのデータも取得できれば、製品のリセールバリューも上がるでしょう。リセールバリューがあがれば、人々が品質の高い物を購入したり、中古品を捨てずに販売するインセンティブにもなります。また、このようなデータをサプライチェーン全体で共有することで、廃棄を最小限に抑えるサスティナブルな仕組みも検討されてきています。資源循環でイメージされやすいのは’物(資源)をどう扱うか’だと思いますが、こうしたデータを活用した資源循環も、環境負荷の軽減そして持続可能な経済の実現に向けた重要なアプローチなのです。

そして実は、データもまた再利用可能な資源の一つなのです。データの取得には膨大な労力とコストを要します。しかし残念なことに、研究ではデータは取りっぱなしで放置されていたり、ビジネスの現場では事業が終了した後は再利用されることなく死蔵されることが多いと聞いています。例えば研究データも二次利用したり、広く配布したほうが価値が出るものもあるはずですが、論文は出てもデータは公開されないことが多いです(最近はデータやソースコードも公開することを推奨するジャーナルも増えてきました)。このような未活用、あるいは死蔵されたデータの価値を再発見し、販売・流通することも、真の循環経済を実現するうえで不可欠であると考えています。

――  たしかに、色んなデータが入手できるようになることと、その価値を最大限に活かせているか、は別の話ですよね。データのもったいないは逆に今増えているのかも、と考えると新時代の資源感がありますね。資源循環経済も、目的に「経済」が入るとことでよりデータの重要性が高まる、というようなこともあるのでしょうか?

早矢仕:はい。資源循環経済、すなわちサーキュラーエコノミーの発展を目指すからこそ、データがより重要な役割を果たすと考えます。
例えば、一つの村など小規模に資源循環だけを目指すのであれば、データはそこまで重要ではないかもしれません。しかし、多くの人々や社会にまたがって資源循環を達成する持続可能な経済システムを構築しようとする際には、システムの再設計や、多様なステークホルダーの協力、技術とインフラの整備、経済的インセンティブの調整、そしてデータの共有と管理といった多くの課題が出てきます。これらの課題を克服するため、時には分析に、時には資源として、または協力を促進する言語として、データの重要性がますます増していくと考えます。

データの流通が進むことで、資源の有効活用が促進され、経済に好循環を生み出していくと私は信じています。

――  データの重要性は今後ますます高くなっていくということですね。では、例えば5年後、資源とデータ循環の動きはどうなっていくと思われますか?

早矢仕:今後5年間で、データを活用した資源循環の動きは加速すると考えています。特に、EUが推進するデジタルプロダクトパスポート(DPP)のような仕組みが世界的に普及し、製品のライフサイクル全体にわたるデータの管理と流通が進むと思います。これにより、製品、資源の二次流通やリサイクルの精度が向上していくでしょう。また、データのトレーサビリティが強化されることで、サーキュラーエコノミーの透明性が高まり、持続可能な資源利用が推進されると考えています。しかしそれにはデータガバナンスの枠組みやポイント還元、補助金、税制優遇などの制度の整備も必要になってくるでしょう。そのためにも今、研究として、データを共有し、活用していくためのインセンティブ設計とそのメカニズムを解明しておくことが準備として重要だと考えています。

――  ここまで、データ科学について、サーキュラーエコノミーとの関わり、将来予想などを教えて頂きました。次に、今、早矢仕さんが取り組んでいることを教えてください

早矢仕:現在は、資源循環とデータ流通の共進化を実現するためのインセンティブ設計に取り組んでいます。具体的には、企業や消費者がどのようにデータを提供し、共有すれば最適な資源循環が生まれるかを研究しています。また、マルチエージェントシミュレーションを用いたデータ流通市場の制度設計研究も進めており、価値あるデータを欲しい人に届けるためのデータ取引スキームや戦略の検証を行っています。

データ科学と資源循環、普段の生活では見えずらいものですが、裏にはこんなに面白い分野・研究が広がっていたのですね!!後編では、共同研究先であるメルカリ・C2Cプラットフォーマーに焦点をあてたお話です。ぜひお楽しみに!

RIISE価値交換工学|Update: 2025.3.21